一年経った
夫が亡くなってから一年たった。
看護日誌は亡くなる一週間前の今日8日で途切れている。
今練習している合唱組曲「捧げる言葉」の中の歌詞が心に染みる。
「 あなたがいる 私のかたわらに
いま 私がいる あなたのかたわらに、、、、、、 」
「立てなくなってはじめて学ぶ 立つことの複雑さ 立つことの不思議 重力のむごさ優しさ、、、、」
彼岸の夫を感じて歌う。
昨日7日に一回忌法要を行った。
夫の兄、姉、妹夫婦、私の弟、妹夫婦、夫の従兄弟二人、私たち家族6人の18人
何かと準備等で心忙しかった。
みんないろいろ気にかけてくれて、槇は義妹の夫がいつものように、たくさんの菊の花を従兄弟が届けてくれた。
それに畑のヒャクニチソウや紫苑等を入れて墓花を用意した。
朝から用意した仏様の御膳 枝豆と南京は家の畑で私が作ったもの。
9時半頃からみなさんが揃い10時にお坊さんが来てくれた。
読経が終わるとお墓へ。私と息子の嫁さんと娘は残って、お供えしてくれた品を下げて、みなさんにお下がりとして持って帰っていただけるように分ける。
粗供養の品とお茶の子、お下がりの品と、ひとまとめにする。
みなさんがお墓から帰って、お昼
いつもは家で料理を届けてもらっていたが、今回外に出ることにした。
順番に料理が運ばれるので暖かくおいしかったが、大きなテーブル席が二つになっていて、違う方のテーブルの方とは話がしにくかった。
やっぱり狭くても家で食べていただく方がいいかなと思った。
みなさんが帰られてから、二件のお宅に粗供養の品などを届け、一軒には宅急便で送った。
息子の家族も帰り、娘と二人疲れて夕食も食べず、風呂にも入らず、来て下さった家にお礼の電話だけかけて一日の終わり。
今日8日、休日出勤の息子に連れられて孫二人が芋ほりにやってきた。
昨年も同じ日8日に芋を掘っている。病人を一時間ほど娘にまかせて。
この日、Aドクターからは一週間ほどかも知れないと言われた。胸水がたまって苦しそうで見ておられなかった。
入院して胸水を抜くかこのまま押し通すかを迫られた。
病人ははっきりと入院を拒否した。
そしてこの日で日記は途切れている。
それから8日後の16日に息を引き取った。
「いまここにいない あなた でもいまそこにいるあなた たとえすがたはみえなくても、、、、、」
芋は鳴門金時。苗が根付かなくて歯抜けになったところへ後から苗を買って植え足した。
時期が遅かったので苗がなくて安納芋の苗。
収穫したイモは殆ど鳴門金時であるが中に安納芋も混じる。何の世話もしなかった割には良くできていた。
焼き芋を食べようと言うのでレンジでチンしてからオーブンで焼いた。二人ともおいしいと言ってよく食べた。
昼ご飯は用意できないからテレビを見ている間に、お寿司を買ってきた。いもとお寿司と、、。
そのあと宿題をした。二人一緒の机でしていたが、姉に追い払われて弟は台所で公文の宿題をしている。
いつの間にやら数字を書き、足し算ができるようになっていた。
「、、、、、そして詩(うた)のことばは 限りない宇宙と限りある人々への捧げもの
苦しみと喜びと思い出と希望に醸されて 。」